※前回までの記事
実家の経営危機
父親の経営する建材会社はいつ倒産してもおかしくない、かなり逼迫した状況に陥っていた。
このためか夫は土日になると実家に行き、父親の仕事を手伝ったり、残業までして手にした給料を実家に回して返済に充てていたのだった。
依頼者の娘はとても仕事を辞め専業主婦に専念する余裕は無く、むしろ娘の給料で新婚生活を営んでいる状態で、もちろん今、子供も授かれる状況では到底なかったのである。
多分、婚約した当初はここまで深刻ではなかったのだろう。
しかし、結婚して新婚家庭を営み始めた当初から家庭にお金は入れない、残業も多く、土日といえば何かと理由を付けて実家に行く、しかも、いつでも連絡は取れ、別に女のいる気配などは全く無い。
娘にしてみれば何か特別な秘密があるとしか思えなかったのだろう。この結婚後調査を進めていた段階で実家近隣からある風評を聞き込んだ。それは弟のことであった。
弟の風評
実家はバブル全盛時の昭和63年にそれほど遠くない借家の前住所から転居してきており、父親の持ち家であった。多分、当時はかなり父親の会社の業績はよかったのだろう。
前住所では夫を含め両親、弟については全く悪評は聞かれなかった。現住所では夫である子供達もある程度、成長していたためか前住所と比べ近隣とは交流は薄く、挨拶を交わす程度であった。
しかし、何かおかしい。両親と夫については多少でも話が聞けるのだが弟については殆ど聞けない。いや、むしろ話をしたがらないといった印象さえ感じた。
たしか依頼者からは日本の大学を卒業してから更に留学していると聞いていたのだが。範囲を広げて弟を中心に聞き込みを続行、中学校時代の同級生の家の母親から「彼はもう出てきたの?」と。
中学時代の同級生の母親から「彼はもう出てきたの?」という言葉から何かしらの事件を起こしたものと推察、その母親は話し好きだったのか、私が話をしたとは言わないでと口止めをしながらもいろいろと話してくれた。
あくまでも噂ということではあったが、弟は大学を卒業する前に違法薬物で逮捕され、執行猶予の身であったという。当時、ディスコのような所に入り浸っており、その友人関係から購入し使用していたらしい。
大学を卒業したかは不明であったが、それから2年も経たないうちに被害者に大怪我を負わす傷害事件を起こし、その時も違法薬物を使用していたことから刑務所に行ったはずだという。
テレビや新聞ではニュースとして取り扱われなかったようではあるが、その都度、実家にも家宅捜査が入ったようで近隣でも知らない人はいないという。
その情報から再び実家近隣にも聞き込むも大筋間違いのない証言が次々と得られた。なお両親や夫である長男が謙虚で誠実な人であったためか、皆、表面上、弟の事については口をつぐみ、挨拶程度の付き合いはしているという。
確かに当時の新聞を精査してみたがそれらしき記事は認められなかった。
依頼者に詳細報告をする前にとぼけて聞くと弟とはかなり以前に1・2度は会ったことはあるという。しかし結婚式に出席をしておらず、欠席の理由は留学先で病気になり、緊急入院していたという嘘であった。 つてを頼りに各方面への裏付け調査をした結果、間違いはなかった。
母娘への報告
依頼を受けてから約2週間後、母親と娘が事務所にやってきた。
父親の会社が倒産寸前であること、弟が薬物傷害事件を起こし収監中であること、など内偵して得られた内容を報告書にして提出した。
読み終える前に驚愕し泣き崩れる母親と娘。慰める言葉が出てこない。下手に慰めない方がよいと考え、黙っていた。
ようやく母親が娘を慰め始めた。早く子供が欲しいと願っていた娘にしてみれば、弟の事よりも子供を授かれない環境である事の方が憤りが大きいように感じた。いや、もしかしたら弟のことはうすうす知っていたのかもしれない。
母親は弟のことで嘘をつかれていたことや人間性を罵り、嘆いている。
婚約する前に結婚調査をしていれば、せめて入籍する前にでも調査をしていれば、結婚調査の重要性は知ってはいたものの、調査をしないで結婚してしまった悲劇を目の当たりして、その重要性を更に再認識させられた。
報酬をいただいた後、母親と娘が肩を落とし事務所から出て行った。2人の背中に向けて頭を下げ見送った。その際にも何も言葉はかけられなかった。応接室に戻ると客用茶碗がふたつ、手つかずに冷め切っていた。
投稿者プロフィール
- 探偵歴30年を超えるベテラン探偵。現在は主に依頼者の相談を担当。
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